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他人の注意には耳を傾けたいものです

2005年5月3日 宇佐美

 小倉千加子氏(心理学者)は、週刊朝日(2005.5.6.13)の『男よりテレビ女よりテレビ』とのコラムの中で次のように記述しています。

 

 先週、大阪の地下鉄日本橋駅のプラットホームで、老人が見知らぬ男に線路に突き落とされて重傷を負った。関西のTV局のニュースでは、事件が起こつた瞬間に3人の男性が次

々に線路に飛び降りて、その老人をホームに助け上げてくれたと、駅員さんが話していた。「2分後には次の列車が入ってくるところだったんですよ」

 ホームにある緊急停止ボタンをすぐに押した人むいて、列車は駅に入る直前に停止した。まさに間一髪の救出劇である。が、3人とも名前も名乗らず立ち去ったあとで、こういう都会の人の善意の行為は、新聞ではなくTVによる駅員さんのナマの声でこそ、より伝わってくるものである。

 駅のホームでいきなりキレて人を線路に突き落とす人間がいることに、いまどき誰も驚かない。しかし、キレる人間が1人いる一方で、見知らぬ人を助ける人が3人いるのである。これは重要な事実ではないか。

……

で、新ドラマ「瑠璃の島」である。都会(東京)で受けた傷を沖縄で癒すという定番モノで……(この間、このドラマの批評を書き続けられる)

……

「田舎」と「子ども」が善で、「都会」と「母親でない女性」が悪という安易な二元論にも飽きあきする

 都会で解決できない問題を、田舎が解決できる保証はない。田舎でも家庭は崩壊している。現実には都市化すればするほど、人は他人に優しくなる。回帰するなら都会である。匿名性の善意のある都会は、素敵だ。

 

 この記述に多くの人は同感するのでしょうか?!

私には、この心理学者の方は、『男よりテレビ女よりテレビ』とのコラムを書いているからかしれませんが、『テレビの見過ぎ』と痛感したのです。

 

 小倉千加子氏は、テレビの新ドラマ「瑠璃の島」を

“「田舎」と「子ども」が善で、「都会」と「母親でない女性」が悪という
安易な二元論にも飽きあきする

と批判しつつ、突き落とし事件に関しては、

キレる人間が1いる一方で、見知らぬ人を助ける人が3いるのである”
と安易な二元論を披露しているのです。

即ち、

「突き落とした男」=悪、「助けた人」=善

と記述しているのです。

 

 確かに、老人を線路に突き落とした人は悪いことをしました。

でも、落とされた老人はどのような方だったのでしょうか?

 

毎日新聞(2005年4月21日)の記事は次のようです。

……男は19日午後8時20分ごろ、同駅ホームで鷹本さんが点字ブロック上に荷物を置いたことを注意しいったん立ち去ったが、直後に戻り、「落としたろうか」と言いながら約1・3メートル下の線路に鷹本さんを突き落とし、頭を骨折する重傷を負わせた疑い。

 ……

動機については「(鷹本さんに)注意すると荷物を移したが、振り返ったら荷物を戻していたので、無視されたようで腹が立った」と話しているという。……

 

 「テレビの見過ぎの心理学者」は、心理学者と名乗りつつも生身の人間への接触があまりにも少ないのでは?

 

 私は、この事件の一番の問題点は、(線路に突き落とされた老人にはお気の毒ですが、)今の日本には、このような老人(老人だけではなく)が、大勢居られることだと思います。

 

 悪い事をやっていると知りつつも、他人からその旨を注意されると、
“なんだ〜!てめ〜!その注意の仕方は!”
といって注意する人に食って掛かる人が多いことです。

(テレビの見過ぎに小倉氏は、街中で他人に注意し、こんな体験を蒙った事が無いのでしょうか?)

 

 こんな若者を恐れて、大人は若者の不正を注意せずに、見てみぬ振りをしているのです。

 

 この点に関して、内閣府が公表した世論調査の結果(asahi.comから)を以下に抜粋させて頂きます。

http://www.asahi.com/kansai/wakuwaku/info0406-3.html

 

……
 「見知らぬ少年が喫煙しているのを発見したり、深夜に少年のグループが公園などに集まっているのを見つけた場合、どうしますか」との質問に「注意したいが、見て見ぬふりをする」との回答は54.0%に上り、2001年11月の前回調査の49.8%より4ポイント以上増えた。「警察官に連絡する」が14.2%、「注意する」は11.5%だった
 見て見ぬふりをする理由については「少年に暴力を振るわれるおそれがあるから」が78.8%を占めた
 …… 調査は今年1月、20歳以上の男女3千人を対象に実施され、2047人(68.2%)から有効回答が得られた。

 

 更には、問題発言を繰り返す石原都知事の発言を下記のホームページから引用させて頂きます。

http://www.geocities.jp/social792/isihara/isihara_gendou2001.html

 

「いくさのない世の中は本当にありがたいと思うが、平和に慣れてしまうことは危険だ」「例えば、北朝鮮にお米をさしあげることで拉致された日本人が帰ってくるわけではない。平和を維持するために、もっと努力しないとだめだ
「平和に慣れてしまっては、戦争で亡くなった同胞に申し訳がたたない」
(2001
310、都庁で開かれた東京大空襲の犠牲者を追悼する「平和の日記念式典」にて)

 

 この発言は、国防に関する問題発言(拙文《衣食足りて礼節を忘れた日本人》(執筆中)にて詳述します)でありますが、この発言の“平和を維持するために、もっと努力しないとだめだ”の『平和』を『治安』に置換すれば、石原知事の発言は尤もな事です。

 

 街中の治安は、全てを警察任せでは維持できません。

私達の日頃の心掛けこそが重要なわけです。

(この件に関しては拙文《安全神話を崩壊させた責任は誰に?》をご参照下さい)

石原知事は、次のようなご自身の体験を語っていた事があります。

 

 高校生(剣道部?)が数人、竹刀を道に突き出して放置したまま、自動販売機の周りにしゃがみこんで、通行の邪魔になっていたので、竹刀を蹴飛ばして、どけろ!と文句を言ってやった。

 

 武芸者にとって刀は命なのでは?なのに竹刀を蹴飛ばすとは!?

蹴飛ばさずに、手でどけたらよいのに!と思いました。

石原知事の注意方法に驚くまでもなく、他人に注意を与えるのは難しいものです。

(石原知事の注意方法は、突き落とし犯人同様に、キレた状態と言えます。)

この時石原知事は、お一人で行動されていたのでしょうか?

石原知事一人だったら、高校生たちに逆襲されていたかもしれません。

 

 1ヶ月ほど前に、お寿司屋さんの店長さんから聞いた話を、紹介させて頂きます。

 

 店長さんが勤務を終えて、夜、電車での帰宅の途中、駅の階段に5人の若者たちが横一列に座り込んでいたそうです。

そして、乗客たちは、誰一人若者たちに注意を与えず、彼等の横に僅かに開いている箇所を通り抜けている有様だったそうです。

(内閣府の調査通りに)

しかし、店長さんは、若者たちに“そこをどきなさい、通行の邪魔です”とはっきり注意されたそうです。

 すると案の定、“何だ!五月蝿え〜〜!この親父〜〜〜!やっつけたろか〜〜〜!”状態になったそうです。

そこで店長さんは、“やるなら、階段では危ないから、ホームでやろう、但し、自分もカタワになる覚悟だが、お前たちの一人くらいをカタワにするぞ!”と言ってコブシを固め、ホームで、若者5人と向かい合ったそうです。

(若者たちの目は、なかなか綺麗だったそうです。)

 

 暫く睨み合った後、店長さんが口を開きました。

“どうだ、お前たち、一人ずつ俺の腹を殴って来い!”

若者たちのパンチはなかなかなものだったとの事です。

そして、その後、若者達は店長さんに“先生ありがとうございました、今後もよろしくご指導下さい!”と挨拶して別れて行ったそうです。

 

 私は、この店長さんの話に感激して握手をしました。

店長さんの握力は私の2倍ほどありました。

日頃、お寿司を握っているから?

それよりも、店長さんは、空手5段の実力の持ち主なのです。

だからこそ、店長さんは、5人の若者たちに注意が出来たのでしょうか?

それだけではない筈です。

なにしろ、店長さんの友人知人の、柔道などでも全日本クラスの大会で優勝したりした人達の何人かは、命を落とされているそうです。

 

 私がその場に居合わせたら、拳を使わず、何とか話し合いで解決しようと努力しますが、殴り殺されてしまっていたかもしれません。

(但し、私は体調の悪い時は、私自身が直ぐにキレル状態になり、説得力が落ちますので、注意をためらう事があります。)

 

 大阪の地下鉄日本橋駅のプラットホームで被害にあわれた老人は、「(鷹本さんに)注意すると荷物を移したが、振り返ったら(点字ブロックに)荷物を戻していた」との事なのですから、本来なら非難されてしかるべきです。

 

 ホーム脇の点字ブロックに荷物が置いてあったら、目の御不自由な方が躓いて線路に転落されていたかもしれないではありませんか!?

 

 老人を、線路から救出した3人の方々はご立派ですが、本来なら、老人が突き落とされる前に、老人の荷物の置き方に注意すべきだったと思うのです。
それから突き落とした犯人の方は"今日は疲れていてキレ易いから、注意する際は気をつけよう”と自戒しておられたら良かったのにと思わずに入られません。

多大な影響力を持つ週刊朝日のコラムを執筆するなら、心理学者の肩書きを標榜するなら、小倉千加子氏は、オピニオン・リーダーの責任を感じつつ、物事を表面的に解釈せず、その本質、大事な点を書き記して欲しいものです。

 

 なにしろ、今の日本には、他人の注意を聞かない人が多過ぎます。

この『テレビの見過ぎ』の小倉千加子氏のコラム(週刊朝日)の次のページで、ジャーナリスト田原総一朗氏は、

“私は、中国の外圧によってA級戦犯を分祀するのは反対である”

と子供じみた説を開陳しているのです。

勿論、田原氏のみならず日本中がこの有様です。

 

 なのに、BSE問題に於いては、日本人の意向を無視して、簡単に米国からのご意見に耳を傾けようとしているのです。

 

 一体この国はどうなってしまったのでしょうか?!
その原因の一端を、小倉氏、田原氏のような日本のオピニオン・リーダーの体たらくが担っているのでは?!と思わずに入られません。

 

 少なくとも、私達は、他人の注意には耳を傾けたいものです。


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